光田健一 Kenichi Mitsuda

 この精神性の高さはなんだろう。最初の一音、第一声を聴いた瞬間から惹き込まれ、いやもっと、気持ちをどこか遠くに連れて行ってくれるような、ちょっと震えるような想いに駆られる。「癒し」という言葉では全く語り足りないし、わかりやすく言うならば、まさしく希望が生まれる音楽。

 音楽的に検証すればこの作品は世界的であり、芸術的完成度も高く、歌唱表現も非常にハイレベルであるのに、そのことをまるで感じさせずに、むしろ達観した心持ちで音楽を伝えてくるから、それがティーンエイジャーの少女たちによるパフォーマンスであることをふと忘れたりもする。もしかしたらこの歌唱力の凄さや音の構成力の素晴らしさは実はそれすらも背景で、何よりここに集まったうっとりする程の声の波動、その清らかさ、美しさこそが、やはりかけがえのない若さそのものであり、現代社会で私たち大人が見えなくなっている大切な何かにそっと気付くよう、この純真な声魂によって導かれている気さえする。きっと彼女たち歌い手の、感じる心のキャパシティが深いからなんだろう、今も聴きながら世界のいろんなことや、過去の出来事、出逢ったひとびとのこと、そしてこれからの未来のいろんなことなどを、次々と想起させる。

 そんな風に人生を考えさせる程の聴き応えがあるから、こういった声楽的作品であっても(敢えて言うなら、意外にも)眠くなったりしない。タイトルが「眠りの森の…」であるのに。聴き所がたくさんあるから、瑞々しいこの声のシャワーからもっと何かを感じ受けようと心にアンテナを立てると、ゆったりと気持ちが高まっていくのがわかり、全く飽きることがない。制作者たちがそういう音楽的仕上がりを目指しているのかもしれないし、だとしたらそのプロデュース力も抜群である。もちろん極めて優しい音楽であるから、就寝前に部屋に流せば柔らかく睡魔を誘発してくれるだろうし、幸せな気持ちで来るべき明日を迎えることができると思う。その上で更に音楽家的、音楽学的な聴き方をしても、聴きたくなるポイント、気を惹く声の瞬間、気に入っている歌い方の瞬間がたくさんあって尽きないのである。

 アレンジ的にもこれ程様々な音楽観で語られ素晴らしいし深いと、恐らく歌うにあたって、例えば音域が通常よりもあり得なく広かったり、音程の跳躍幅を探ったり難しい和声構成音を掴むのに苦労したり、あるいは、あらゆる表情の変化の幅をよりデフォルメ気味に表現しなくてはならなくなる。なのに彼女たちが、歌うことに無理をしたり背伸びをしている風では全然ない。声楽、歌は人生経験がそのまま出てしまうとよく言われる。しかしこの世に出でて10数年の彼女たちが、どうしてこんなに深い音楽世界を届けてくるのだろう。ここまで育てあげたご家族、プロデューサーを初めとする制作者の彼女たちへの愛情が伝わってくる。ここにある全ての声、届けられる歌が、とにかく心から楽しそうで嬉しそうなのである。歌う喜びはやがて優しさ、思いやりとなって結実し、自然と音楽に投影され、満面の笑顔と共にまるで周囲へ感謝の気持ちを伝えているようにも聞こえる。彼女たちとサポートする側たちとの、ここには見えない努力はモノ凄いものであると想像できるし、みんなでトコトン突き詰めてここに到達しているに違いない。だとすると、だからこそ聴き手も各々の人生のいろんなことを思い起こし、考え、やがて再び、最初に聴いたときのあの愛くるしく切ないくらいの穏やかな気持ちに、また包まれるのである。

 イギリスのThe King’s Singers、Hilliard Ensemble、The Tallis Scholarsなどを筆頭に、ヨーロッパではクラシック、中世・ルネサンス音楽をベースに幅広く活動する合唱チームが数多に存在するが、Fairiesは同様のアカデミックな素養もありながら、懐かしさも喜びも哀しみも何もかもその天性の声で表現してしまう、音楽と歌が大好きな仲間たち。しかも小さな彼女たちがジャンルやカテゴライズを飛び越え、この日本から広いこの星の全世界に向けて、こんなに上品で優しくて艶やかで幸せな音楽を発信できるんだということに、誇りと喜びの念が心からあふれて止まない。


[Mistera Songo en Arbaro]
まだ見ぬ物語の序文を説くようにそっと歌い出される新しい言葉・エスペラント語の調べ。Fairiesの世界時間旅行が始まった。漂う不思議な時間軸上に選ばれた音と声は神秘的でかつ思いの外ポップで、懐かしいのに新しい、現代に必要な今の音楽であると言える。

[Pie jeus]
ボーイソプラノで歌われることが多い、ガブリエル・フォーレ作曲レクイエムの第4曲。敬虔な歌唱。声の奥行きがまるで目に見えるように美しい、フランスの寺院を思わせる響きの音像。この歌の健気さが誠意ある祈りとなって、災害の御霊をも鎮めるだろう。エンディングのポルタメントが天の高さを測るようで秀逸なアレンジ。

[Air on the G strings]
こんなに透明感の溢れるG線上のアリアを聴いたことがない。天空に舞い上がって浮遊するソプラノは、歌う喜びという意志をしっかり持つ。役割を心得た内声の存在の仕方も素晴らしい。バッハに聴かせたい。

[Fairyland]
代表楽曲となるであろう、極めて完成度の高い室内楽編成のネイチャー・ファンタジー。組曲風の装いが、これまでにあった上質な音楽劇を遙かに超えているようである。個人的には、この曲と[Sunset Legend]で、大貫妙子さんと坂本龍一さんのコラボの崇高さを思い出す瞬間がありとても嬉しい。

[Lullaby]
ウクレレの優しいアルペジオが、まるで風に揺れるハンモック。ブラームスの子守歌をこんなに心に響かせる歌手、合唱団、編曲は世界に数少ないのではないだろうか。

[Sunset Legend]
どこかシューベルトの歌曲のようでもあり、シャンソンの小品のようでもあり、西洋の名もない伝承曲のような幻想曲(ファンタジー)。[Fairyland]同様、Fairiesならではの唯一無二な音楽世界。幼い妹におとぎ話を語り継ぐ姉の姿が浮んだ。とても説得力のある「語り歌」となっている。

[Journey of the Angel]
歌唱全てにおける懐の深い息づかいが精神的余裕を感じさせ、その新たな生命の息吹の風に乗ってゆったりと心の旅は続く。ソロ、ユニゾンの移り変わり、そして背景のコーラスとバックトラックの立体感が、大草原の上を自由飛行し、高く低く空撮しているようで絶妙。オリジナルはエンヤのクリスマスソング。

[Dreams]
愛おしさと慈しみが生まれるのを禁じ得ない。かけがえのない小さないのちいっぱいに歌う姿は、ひとがこの世に生を受け、一生懸命生きていくその意味を届けてくる。エンヤ黎明期の佳曲。

[The Lark in the Clear Air]
アイルランドの古い歌。まるで農村地帯の高い空にさすらう一羽のひばりの視点から歌われているようで、とても清々しいソロ。転調した間奏のコーラスフレーズをきっかけに一気に滑空する瞬間がドラマチック。朴訥かつ雄弁なトラヴェルソ風の笛と、ひばりのさえずりのようなリズムトラックが気持ちを弾ませる。

[The Flower that Shattered Stone]
歌の表現力にとにかく感嘆。ハーモニーは無欠の純正律で見事にキープされ、ドミナントのトライトーン(増4度)のパーフェクトピッチ感が特に素晴らしい。思春期の少女が涙を拭い、顔を上げ新しい今日を決然と受け入れるような様子を想像させるこの素晴らしい歌唱に希望を感じ、幾度も涙があふれる。原曲はオリビア・ニュートン・ジョン、ジョン・デンバーらが歌ったアメリカン・フォークソング。個人的には、ここから最後までずっと涙腺コーナーである。

[Scarborough Fair]
ベーシック・コーラスのリズムが、積年の雨風を受け、尚、屹然と佇むストーンヘンジ(イギリスの古代遺跡)に刻まれためくるめく遙かな時間を表現しているように聞こえる。合唱の立体的存在感が相変わらず素晴らしく、近い声、遠い声によって心が空に舞う。まさに時を超える心地。終盤の長い声の残像が胸に迫る。

[Moon Bow]
エリック・サティやフォーレの舟歌風小品や夜想曲(ノクターン)を彷彿させ、永くて深い西洋音楽の歴史を伝えながらも、未来へ何かをそっと投げ掛けるかのような、心を惹きつけるメロディーと秀逸な和声で構築される名曲。自信と優しさの両面が見られるこの素晴らしい歌唱力、表現力に、胸が深く震える。このアルバムのエピローグを聴き終えた瞬間、本当に良い音楽と出逢えたことを心の底から実感した。

光田健一
Kenichi Mitsuda
[official website]
 シンガーソングライター、作編曲家、ピアニスト。南弘明、谷中優両氏に作曲、和声、対位法を師事。
東京芸術大学音楽学部作曲科入学と同時にプロとしてのキャリアをスタート。西洋クラシックから夜毎のセッションで磨かれたジャズまで、あらゆるジャンルをことごとく網羅する。  AKB48「桜の栞」編曲。渡辺美里、江原啓之、石井竜也、RAG FAIR、INSPi、渡辺真知子、チェンミン… 他多くのアルバム・コンサートの編曲、音楽プロデュース担当。魅力的な和声の構築とメロディアスな対旋律を絡める独特な作編曲手法が 音楽家たちの厚い信頼を受け、石井竜也、渡辺美里のオーケストラコンサートツアーにおいて音楽監督・編曲を務め、新日本フィル、 大阪センチュリー交響楽団、広島交響楽団、名古屋フィル、関西フィルと競演し好評を博す。
 小田和正「たしかなこと」「キラキラ」「自己ベスト」などの数々のシングル・アルバムにコーラスで参加し、その歌声の実力を実証。 スターダスト・レビューの元メンバーとして、キーボード、編曲を担当し、数百回の公演を重ね、全国的に活躍。
 1995年ファーストアルバム「空が好きだった君に」発表以後、計20タイトルを超えるCD、DVD作品を続々と発表。 『♪ピアノうた』=『光田健一の弾き語り』とし、全国ツアー公演を毎年敢行。2011年には『ピアノびと』=『ピアニストの光田健一』として、 自身レーベルからは意外にも初となるオリジナル・ピアノソロアルバムを発表。振れ幅自由自在の音楽活動、豊かな音楽的表現力で、日本全国のファンを楽しませている。
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